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2009年氷河域調査旅行記(その2)




高所順化の停滞から最初の峠越えの前日までの3日間.

写真は
◆Takchemakhangから見たマサガン(Masang Khan),
◆Rodophu上のモレーンから見たRodophu氷河とその小氷期のターミナルモレーン,白く見えるガレ場がそれ以降に氷河が沈降して露出した部分.背後の山は恐らくTshendagan(6994m).
◆Gangla Karchung氷河の末端とそこにできた氷河湖(白濁した緑色の部分).その上流側(写真左)には薄いデブリに覆われた氷体が見える.

9月13日
Takchemakhang 停滞
 6:00起床.北側の谷奥に国境のピーク,マサカン(Masang Kang 7194m 6700m台.1986年京大山岳部が初登頂)が一瞬見える.高所順応,兼休息で停滞のため朝はゆっくり.洗濯後,北側稜線から続く4000mピークへ.4028mまで登る.ラヤ,ルンゲの各部落が遠望できる.森林限界は3800~4000mか.ウスユキソウ,リンドウがまだまだシーズンで綺麗.体調かなりよく,ズンズン斜面を直登でき,くだりの一部(緩い凹地状斜面.氷食の影響か)は駆け下る.標高2400mのティンプーに1ヶ月住んだことの高所への効果はかなり大きい模様.

 登りの途中では,牛の餌として草を刈る,いわゆるラヤッパ(ラヤ族)の女性と会う.おぉ,これが噂で効いたラヤの女性かぁ.

おもしろい編み笠をかぶったきれいな女性だった.赤ん坊をおばあちゃんがおぶるが,帽子にはしっかり4代王様の缶バッチ.さすがブータン.
13:45テン場帰着.谷底のテン場は8時から15:30頃までしか日が当たらず.すぐ上のブータン・インド軍の宿営にはDGMのラリットが駐在.息子も連れて来ていて,ジーンズにキャップをかぶった現代っ子風の息子は「超ヒマ~,早く帰りた~い」とのこと.

 テン場帰着後,フォルダブルのソーラパネルで乾電池を充電するも不十分.明日以降,ザックの後ろにたらして充電できるように工夫する.


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9月14日
Takchemakhang -> Roduphu(4215m)
 5:30起き.いよいよ4000mを超える.今日はマサカンが綺麗.写真もばっちり.どれほど冷え込まず5度くらいか.朝食のトマトオムレツがうまい!小川で大もばっちり.順調,快腸.ここからガサの馬方となる.29頭とAWSのポールを担ぐ専門のポーター1名(これは峠を超えてすぐに馬に背負わせるようになる).昨日とおった道を2kmほど戻りロドフへの登りの道へと分かれる.Mo Chhuの左岸支尾根をまいてRoduphuの流域に入ると風がかわる.徐々に高度を下げ,谷底へ.EL3850m.きつくない.森の中ジンメリなポイントまたまた昼食にしようとするので,一度即却する.ランチポイントの決定に理解できない,と話すとムードが悪くなる.あきらめてここでランチ.

 昼食後30分で森林限界を抜ける.ここで昼にすれば良かったものを..と思うが,彼らにも訳があるのだろう.14:00.Roduphu Chhu左岸に渡ると,アウトウォッシュプレーンに入り,流れは網状.ヤチボウズを踏みつけながらRoduphuの小屋に着く.もともと窓にはガラスがはまり,中はパーティションまであった小屋だったらしいが,すぐに廃墟同然となる.

 Tさんが雨の中を30分ほど遅れて到着.カッパが必要なしっかりとした降り.その後雨が上がったので背後のモレーン(恐らく完新世のモレーン)をプンツォ,ガレイと登り,上流側を見る.Tshendagan(6994m)から下る氷河がアイスフォールとなって斜面に張り付く.谷底にはそれらが合流(ただし,見える限りの氷河は谷まで達していない)してこっちまで続いている.ただし谷底の氷体は見えず.小氷期以降続く氷河の縮小(沈降)の跡がラテラルモレーンから面的に落ち込んだ崩壊斜面として刻まれている.ターミナルモレーンは植生が豊富.
 
 ガサの馬方は出発が手こずったらしく,我々より1時間半以上遅れて到着.小屋の上流側にテントを設営.ガレイ,深呼吸すると軽く肺が痛いとのこと.他3人は順調.


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9月15日
Roduphu -> Narithang
 小屋の周りには植生あるが,馬は馬方持参の飼料を顔から下げた袋に顔を突っ込み食べる.8時少し前に出発.Tshendaganから南西に伸びる尾根に取り付きNarithangへ.小屋から40分でターミナルモレーンのリッジに着.特に苦しくない.周囲の潅木を集め,町へ降ろす途中の老人と会う.香木となるらしい.彼もゴを着てこんな高所で普通に仕事をしている.すんごい.

 11:00 今日のメインの登りでTshomo La(4843m)着.ぜんぜん行ける気分.北側は細かいカール地形が尾根の際まで続く.氷河湖は無い.一部は氷河の消滅後に氷から開放され,いかにも岩盤地すべりを起こしたように見える.真相はわからないが.箱庭のような景色で,快腸に用もたせた.
峠の反対側は大きな氷河地形で小さな氷河湖もある.氷河は無いが,小型の岩石氷河あり(すでに停滞か).周囲にヒマラヤ・ダイオウが点在.遠目に見るとムーミンに出てくるニョロニョロみたい.シーズンにはほんのちょっと遅いのか黄ばんでいる.

 12:00 ガンガカルチュン峠に続く谷の流域に入る.ランチのなす料理がうまい!左岸側斜面に連続するコーン.右岸支流からのシャープなターミナルモレーン(恐らく完新世),その上流側のハンモッキーモレーン,と複雑な地形がなかなか見もの.登山道の対岸,Gangakarchun峰(6395m)から続く尾根には消滅寸前の小氷河が尾根に張り付く.次回通過時に対比撮影したい.ただし,天候悪く暗いためか,写真がいま一つシャープに撮れず,コントラストもきついのが残念.

 14:30 本流谷底の氷河(ガンガカルチュン氷河.下流部デブリカバード)と氷河湖が見えてくるが,登山道からはずれてそのモレーンに取り付く気力はない.内部には氷体がばっちり残っている.
到着後,研究者4名頭痛あり.特にプンツォは辛そう.到着後の本部への連絡で,高山病による頭痛の症状を抑えるためにダイアモックスの服用を申請(そもそも申請が必要なのも問題と思うが)するが,却下.頭痛がある事を伝えると,それは高山病なのですぐに下山を薦められる.電話のむこうは現場を見ることができないので仕方がないが,もう少し考えて指示してほしいもの.傾斜の緩い,苦労してたどり着いた今日までのルートを引き返すことはありえないし,明日は標高を下げる事ができるの旨を伝え,とりあえず電話を切る.血中酸素濃度の値を知らせる等,再度の電話でいろいろと考え,悩まされ,通話直後から体調悪化.頭痛と胃のむかつきで夕食はほとんど食べられず.頭痛のひどいプンツォは痛み止めでなんとかごまかす.

明日は5226mのガンガカルチュン峠を越す.外ではガレーさんの咳の音が止まない..
さてさて,どうなることか.

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jirok

Author:jirok
ブータン地質鉱山局に身をおく一地球人の独り言と備忘録.

 ヒマラヤの氷河・氷河湖問題,山地・気象災害とかってどうなのか.この地が,この社会がなぜできたのか,ブータンは,日本は幸せなのか,我が子はどう育つのか,興味の相手はつきません.

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