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畏敬の念はあるのか

 東日本震災の後,津波をもたらした海に対して「自然が憎い」「狂っている」と歌う歌手を見つけた.

 彼なりの表現スタイルなのだろうし,現代社会という短い歴史で見るとこの災害は異常なことに見えるかもしれない.

 しかし,まぁいちおうは自然科学を専門としてて,かつ残念なことに単純な思考しか持ち合わさない筆者には,この歌詞からは勘違いと人間の傲慢,特に後者が見え隠れして,歌詞への苛立ちだけを感じた.

 被災者,被災地への励ましはいいのだけれど..国難という時に(乗じて,かどうかは知らないが),なんかこう「この国,ばんざぁ~い」みたいになるのが安直で,かつ怖い.

 そして,日本のメディアはこの歌を復興への糧と判断したのか,当然のように世間へ流した.
 たとえばAsahi.comも,特にツッコんだコメントもなく,ただ流した.ふぅ...自称音楽家,まぁこれはいいとして,アホなメディアが情けない.
 長淵さん,昔は良かったのに...

 ブータンの人を見ていると若い人も含め,自然に対する畏敬の念を強く持っていることに気付く.

 山の頂や峠,岩,森,湧水などを神聖なる場所と信じ,1994年に氷河湖決壊洪水を起こした氷河湖にも,2009年の大地震にも,狂っているなどと毒を吐くことは決して無い.

 我々の行っている氷河湖の現地調査では,一度「ここは特に神聖な湖だ」となると,水面に手をつけることさえ忌み嫌い,調査の必要性を説明してもそれ以上前に進めなくなる.

 氷河直近の湖で融氷水によって濁っている場合は,彼らの基準に従うとそれほど神聖ではないらしいが,そんな氷河湖にボートを浮かべる時でも,まずは周囲の灌木を伐採してきて煙を焚く.

 チベット仏教圏でよく見る祈りの儀式,プジャである
IMGP7096r.jpg IMGP7141r.jpg

 なぜか,可憐な植物を切る,という矛盾は気にしない.
 その時の真面目な,自然に対して一歩引いた態度と,日頃山の中でゴミをポイポイ捨てる癖が,同じ彼らのものである事を時に信じられなくなる.
-----------
 と,書いてみたが,この前の山の調査では,誰が言ったわけでも,もちろんこちらがゴミの話をしたわけでもなく,自然に彼らがゴミを拾いだした.

 で,下山途中の1,2時間で集まったのがこのゴミ.
IMGP7378r.jpg
途中でゴミ袋が足りなくなり,ザックカバーも登場.

 おまけ画像.
 流されるぷんつぉ.泡立つじろう
DSCN3768r.jpg DSCN3764r.jpg
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tag : プジャ 自然災害

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jirok

Author:jirok
ブータン地質鉱山局に身をおく一地球人の独り言と備忘録.

 ヒマラヤの氷河・氷河湖問題,山地・気象災害とかってどうなのか.この地が,この社会がなぜできたのか,ブータンは,日本は幸せなのか,我が子はどう育つのか,興味の相手はつきません.

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